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災害対応力と危機管理

東京大学地震研究所教授 井 田 喜 明

災害への不感症

 最近ふと耳に挟んだところでは,非常用の水や食料を準備するなど,地震災害に対して日常的に何らかの備えをしている人は,国民全体の三分の一程度に過ぎないという。阪神・淡路大震災で五千人以上の人命が失われた直後には,自分自身が被災する可能性を本気で心配して,地震に備えをした人はもっと多かった。トルコや台湾の地震災害によって,防災への関心はまた一時的に高まったようが,喉元過ぎれば熱さを忘れるというのは,人間の悲しいさがである。
 思うに,私たちを取り巻く環境は,余りにも多様な災害に満ちている。地震が起これば,揺れによる災害ばかりでなく,海岸近くでは津波の心配もしなくてはならない。台風などに伴って大雨が降れば,洪水や土砂崩れの危険に生命や財産が脅かされる。どこかで火山が活発化すれば,周辺では噴火への対応を迫られる。自然災害に加えて,火災や交通事故などの人為的な災害も,様々な規模のものが毎日のようにニュースに上る。そればかりか,無差別にサリンをまかれたり,突然空からテポドンが降ってきたりすることだってありうるのだ。
 仕事や人間関係などで,もっと差し迫った問題を抱える多くの人々にとって,これら全ての災害に神経を使っていたのでは,とても身がもたない。それに,災害に注意したからといって,被災が完全に防げるわけではない。災害に出会う確率はそんなに高くないから,一生うまく災害から逃れられる場合だってある。たまたま被災したら,運が悪かったとあきらめればよい。こう割り切ると,防災に真面目に向き合うのが嫌になる。そんな気持ちを理解した上で,忘れたころにやってくる災害に,社会として十分な対処をしたい。

災害対応力の強い社会を

 災害への関心が希薄な人々を叱咤激励して,防災意識の高揚をはかることは決して無意味ではない。少しでも知識があれば,また少しでも注意すれば,被災を避けられるケースも多いからである。しかし,多様な生き方をする現代人全てに,十分な防災意識を期待するのは,現実には望めそうもない。防災対策には,個人の意識に頼らない部分がどうしても必要だ。
 高度化した現代社会にとって重要なのは,災害対応力の強い国土を造ることである。すなわち,住宅,公共性の高い諸施設,水道や電気,交通や通信などを含めて,我々の住環境を,様々な災害に抵抗できる強固なものにすることである。最近の地震災害を見ても,トルコの地震で,揺れの割に甚大な被害が出たのは,高層建築物などの強度や構造に問題があったからと理解される。台湾の地震では,現在の厳しい建築基準が適用される以前の建物に,被害が集中したという。
 諸外国と比べれば,日本の国土は災害対応力が最も優れている部類に属するが,それでも満足な状態にあるとはいえない。阪神・淡路大震災を除いて,ここ数十年間大規模な地震災害に見舞われなかったのは,日本の周辺で地震活動が比較的静穏だったことが幸いしている。治水の技術についても,日本の水準が低いはずはないのに,今年も大雨の度に洪水や土砂くずれが繰り返された。都市も田園も,多様な開発の歴史を反映して,災害の危険性や対応の能力が複雑に変化していく。国土の災害対応力をどう高めるかは,完結することのない課題であって,取り組みの姿勢を絶えず強化する心がけが要求される。

適切な危機管理による被害の軽減

 国土の災害対応力を強化するのと並んで重要なのは,災害発生時に適切な危機管理を行って,被害を最小限に食い止めることである。残念ながら,この点では,我が国が外国に比べて進んでいるとは言えそうにない。
 私が専門とする火山の分野でも,噴火に対して我が国で取られる危機管理には不備が感じられる。特に目立つのは関係者間の連携の悪さある。例えば,火山の状態や危険性について発信する側には,防災への活用を意識した明快な情報を出す努力が足らない。一方,立ち入り規制や避難を勧告する行政の側は,火山の状態よりも住民の抵抗や観光業者の利益に目を奪われがちである。危機管理の方法を体系づけ,関係者が一体となった組織を工夫する点で,我が国は米国より数歩遅れている。噴火への実戦的な対応では,インドネシアやフィリピンにかなわない。
 災害発生時の危機管理を適切に行うには,災害の性質や対応法について情報や知識を集積し,体系化しておくことが必要である。この際,諸外国で得られた知識やノウハウを吸収することは,我々の限られた経験を補って余りある。その体系に基づいて,災害に対応するためのマニュアルが作られる。マニュアルをパソコンなどに組み込み,災害の各段階で必要な情報を迅速に取り出せるようにしておくと,緊急時に威力を発揮する。
 情報や対応法の体系化と並んで重要なのは,危機管理の専門家を育成することである。情報をふんだんにコンピューターに組み込んでも,停電などによって災害発生時に機能しない可能性もある。実際の災害はマニュアル通りには起こらないから,十分な知識をもち,専門のトレーニングを積んだ専門家による臨機応変な判断が,最後は頼りになる。
 専門家を育成する上で,我が国で問題になるのは,何にでも役立つジェネラリストが偏重され過ぎることである。防災に限らず,複雑な現代社会では,高度な専門知識や長期の訓練なしには対応しきれない問題が日増しに増えている。長期間防災にたずさわり,外国での危機管理にも経験をもつようなスペシャリストが,防災行政の中核として尊重されるのは,日本ではいつのことになるのだろう。



No.58(1999.秋号)
災害対応力と危機管理
1. リアルタイム地震防災システムとは
2. 地震防災情報システム(DIS)
3. 災害対応総合情報ネットワークシステム(フェニックス防災システム)について
4. 横浜市リアルタイム地震防災システム
5. 東京ガスのリアルタイム防災システムの現状と今後の展望
火災原因調査シリーズ(15)動物が原因で出火した火災事例について
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