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巻頭随想 自然と付き合って活きるために

日本大学大学院 総合科学研究科
教授  首 藤 伸 夫

   

 日本の自然は美しい。四季が画然としており、その移り変わりを体の全感覚で楽しむことが出来る。普段は、こうした喜びのみを味わっており、それが自然の単なる一側面でしかないことに気が付かない。
 細長い日本の全面積は38万km2、海岸線の長さは約3万劼世ら、小さな島まで入れた平均幅は30劼砲睨たないものである。その中央に高さ2、3劼寮堽損殻が連なっている。勾配の険しい山地が終わると、ごく僅かな平野を経て、その先はもう海である。
 高さ3劼了殻は、空気の動く厚さ10劼梁侘圏にとっては大きな障害だ。前線や台風の気流はこの山々に乗り上げると雨を降らせる。冬季、乾燥したシベリヤ気団が日本海を渡る時に含んだ水分を、雪としてこれまた大量に落として行く。こうした降水は、勾配のきつい山を削り、土砂を下流へと運ぶ。日本の侵食速度は世界平均の10倍と云われる。山地から出て失速した流水は運搬能力を失い、土砂を落とし、沖積平野を作り上げるが、ここが日本人の主な活動の場である。
 活動可能な場所は、全面積の1/4、僅か10万km2でしかない。ここに1億3千万の人が住む。人口密度で比較すると、米国の30倍以上にもなる。だから災害対策が異なってくる。セントへレンズ火山が噴火した後、利用が禁止された区域から、牧場が3つも4つも引越しをしたと云う様な自由度は日本にはない。海崖の根元が削られて崖上の灯台が危うくなった時、米国ではこれから200年は大丈夫な場所へと灯台を後退させた。日本なら、自然に反すると叱られながらも、崖下にコンクリートブロックを並べて侵食に抵抗する。自然が異なり、利用できる面積が極めて狭いという条件の差が対策の違いとなるのである。
 しかしながら、狭い国だとは云いながら、なぜ日本人は危険な場所に住むのであろうか。それは見返りがあるからである。縄文の遺跡は氾濫原内にはないが、米作を始めた弥生期になると、人々が乗り出して来た名残を見出せる。佐賀では「地すべり地帯の米は旨い」と言われる。豊富な地下水に加え、時々発生する地滑りで、土壌材料が入れ替わり、生産力が高まるからである。
 現代でも状況は変わらない。日本人は、高潮・津波の危険があり、地震時には流動化が心配される沿岸地帯に工業地帯を展開した。大きな見返りが得られるからである。工業には、原料・エネルギー・労働力が必要である。日本自前の原料は、石灰石・水・空気しかない。現時点で自前のエネルギーは水力で、電気としての1割しかまかなえない。原料・エネルギーが海外から来て、製品を海外に輸出し、その売上代金から原料費などを支払った余りを収入として分け合う。そのため、良質で安い製品を作らねばならない。こうして日本の発明である臨海工業地帯が発達したのである。
 だから、我々が住み利用する場所は、もともと自然外力に弱い所である。経済力も技術力も不十分だった頃、自然外力と如何に付き合って行くかが考えられていた。洪水頻発地帯での、水山、水屋、万一に備えての脱出用小舟、などが代表的である。6、70年前までは、防災施設も整備が行き届かなった。昭和40年代から大きくて丈夫な堤防が、たとえば「100年に一度の洪水を計画対象」として作られるようになった。ハード対策が進むにつれ、外水による氾濫は滅多に生じなくなった。自然が作ってくれた土地に住んでいる事を忘れ、自分の生きている間はもう危険はないと自分に都合のよい解釈が拡がって行く。しかし、外水を阻止する堤防が出来たために新たに問題、内水氾濫が発生した。
 さらに、計画を上回る超過外力への備えも考えなくてはならない。これを構造物で行うのではなく、人間の行動で対処しようと、ソフト対策が盛んに導入されている。代表的なものがハザードマップに従った避難計画の策定であろう。いまのところ、氾濫予想区域からの早期避難が話題となっているが、ハザードマップ情報を街づくりや住み着き方に活かすことの方が重要である。地震に耐えうる住宅補強と同様、出水に耐えうる住宅を増やす方が人命を守るには有効である。真夜中の避難、高齢者の行動能力、避難勧告の外れや遅れなどを考えると、一次避難は堅牢な自宅の2階にと云うのが最も実際的であろう。
 昭和61年8月、台風10号により宮城県鹿島台町で吉田川が破堤氾濫し、品井沼干拓地が被害を受けた。数日たって訪ねたところ、まだ後片付けにも手がつけられない家々のなかに、一軒だけ平常の生活に戻っている家があった。「さすが地元の人だ。元は沼であったことを知って備えたのだろう」と訊いたところ、他所者だという。「ここへ昭和25年に入植した時、周りを見たら堤防がやけに高い。これは何かあると思って、一階は石壁に、倉庫には小舟を用意しておいた。それが36年後に役立った」。
 「高い堤防だから安心」なのではなく、「高いからこそ何かある」との備えをするのが、自然を見る目を生かした街づくりである。
 計画外力に備えるハード対策、万一の時に人間の行動によって凌ぐソフト対策に加えて、危険に備えてのまちづくりを行うのが、平常時にはその豊かさを享受し、時にはその大外力をやり過ごさなくてはならない日本人の自然との付き合い方である筈だ。



NO.90 (2007.秋号)
巻頭随想 自然と付き合って活きるために
1.能登半島地震・新潟県中越沖地震の概要
2.能登半島地震、新潟県中越沖地震における緊急消防援助隊の活動状況について
3.会議の「見える化」で進めやすかった支援ー県市合同会議
4.簡易型地震被害想定システムとその活用ー2007年能登半島地震、新潟県中越沖地震ー
5.緊急地震速報の提供開始〜地震被害を少しでも軽減するために〜
6.阪神・淡路大震災10年以降のボランティア活動ー中越地震から能登半島地震へー
連載講座 連載第6回 防災監のための危機管理講座
連載講座 連載第2回 情報と防災
地域防災実戦ノウハウ(53)
火災原因調査シリーズ(46)・コンロ火災
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