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連載講座 連載第4回 情報と防災

 

防衛大学校安全保障・危機管理教育センター長
教 授  太 田 文 雄

大量破壊兵器の防災と情報

 元自衛隊化学学校長である井上忠雄氏は『「テロ」は日本でも確実に起きる』(講談社+α新書、2003年11月)の中で、地下鉄サリン事件について次のように述べています。
『あのような現場では、近くに除染所を設置して、そこで被害者全員の着衣を全部脱がして裸にして、トリアージ(負傷程度による治療優先順位づけ)をし、とにかく全身に浴びているガスの成分を除去してやる処置をしなければならない。その手順ができていないとみてとれた。
 私はいま、改めて「死者12人、負傷者5,500人超」という数字を思いだす。カルト集団が稚拙な方法でサリンを撒いたから、化学テロとしては驚くほど犠牲者は少なかった。もし、その気になれば彼らは、もっと桁違いの死者を出すことが可能だった。そして、負傷者はーそのことを考えると私は心が痛む。もっと知識があれば、化学テロに対する情報をみんなが共有していたら、負傷者は減らせた。これは断言できる。
 世界ではじめて、わが国は都市型化学テロの犠牲者を出した。私たちはもう、「知らなかった」ではすまされない。』と1
 「テロを事前に察知し、対策をとっていれば・・・」ということなのでしょうが、事件前、麻原彰晃に「何時、何処で化学兵器テロを起こすのだ?」と聞いても教えてはくれないでしょう。アクセスできない情報を如何に事前に察知するか?これがインテリジェンス活動と行って差し支えないと思います。
 皆さんはハインディッヒの法則というのを御存知でしょうか?1件の大事故の影に29件の小事故が秘められており、そのまた裏には300回の「ヒヤリはっと」するような場面が隠れている、という法則です。従って小事故や「ヒヤリはっと」の時点で十分な対策を取っておけば大事故は防止できる筈ですし、大事件の前には必ずそれを予兆するような小事件が頻発しています。
 例えば地下鉄サリン事件を予測した人は、当時いなかったと言われています。しかし、地下鉄サリン事件が発生した年の元日の読売新聞に「オウム真理教の上九一色村の施設からサリン製造の時にしか発生しない物質が検出された」という記事が一面トップで出ました。また事件の約一ヶ月前である1995年2月には目黒公証人役場事務長拉致監禁致死事件が生起します。さらに事件の前年である1994年には松本サリン事件が起こります。その前年にはオウム真理教が東京亀戸で炭疽菌を空中に散布しますが、幸いにして毒性の低い炭疽菌であったため死傷者は発生しませんでした。そして、その数年前に坂本弁護士一家が殺害され、現場にオウム真理教のバッジが残されていました。こうした、断片情報をジグゾー・パズルの断片として繋ぎ合わせることにより、「オウム真理教がサリンを使ったテロ事件を起こしそうである」という秘密情報が全体像として浮かび上がってきます。確かに日本で地下鉄サリン事件を予測した人はいませんでしたが、インテリジェンス大国である英国のロンドン・タイムズは松本サリン事件の直後に「この事件はオカルト宗教団体が起こしたテロ事件の可能性がある」との論評を記事にしていました。ちなみにオカルト(occult)とは元来は「隠されたもの」という意味のラテン語に由来する表現です。

「隠された」情報にどうやって迫るか

 オープンソースの断片をジグゾー・パズルのように集めることにより、秘密である全体像を如何に掴むのか、について幾つかの例を挙げたいと思います。
 私が米国の国防武官であった1990年代後半は、米国がイラクやコソボに攻撃をしました。東京の関心事は「いつ米国が攻撃を開始するか」ということでした。それによって総理が米軍の行動を「理解する」というのか「支持する」というのか、即声明を出さなければならず、そのための準備には時間がかかるからです。このような時、ワシントンでパーティーを主催する予定の人がレシービング・ライン(客を迎える主人側のつくる人の列)に立っていない、ということがまず察知されます。「おや?」と思って、次にペンタゴンに出前をするピザ屋の注文をチェックします。いつもと比べて極端に注文が多い、ということであれば、多くの国防省職員が残業を余儀なくされていることを意味します。最後に統合参謀本部のJー3(作戦部)に勤務する米軍の友人に急ぎでもない用を頼みます。「今、それどころではない!」と言われて即座に電話を切られたら、攻撃は間近だという予測がつきます。「ホスト役がレシービング・ラインに立っていなかった」こと、「ピザ屋の注文が異常に多い」ということ、また「作戦部の担当者が即座に電話を切った」ということ、それぞれは秘でも何でもない情報です。しかし、これらの秘でない情報をジグゾー・パズルのように集めることにより、「間もなく米軍の攻撃が開始される」という「隠された」全体像が浮かび上がってくるのです。
 私が情報本部長の時にイラク戦争が始まりましたが、やはり当時の日本政府高官の関心事項であった戦争開始日については、天候予測(砂嵐の発生状況)、月齢、米軍の準備状況等を考慮して予測を立てましたが、これが見事に的中し、予測した3月20日に戦争が始まりました。判断のためには米軍の兵力集中状況や米首脳達の発言もさることながら、決め手になったのは砂嵐が収まるサイクルと月齢ゼロ(新月)が一致した時でした。何故月齢ゼロとなる時かですが、進歩した暗視ゴーグルを装備した米軍と、装備していないイラク軍が新月の日の夜に戦えば「目が見える人」と「目が見えない人」との戦いとなり、米軍が圧倒的に有利となるからです。
 また大本営情報参謀であった堀栄三の情報戦記によれば、戦争中の米軍来襲時機を缶詰会社と製薬会社の株価が上昇した直後から判断していました2。ある日の缶詰会社や製薬会社の株価は単なるデータに過ぎません。その株価を数日前や前年の株価から判断して「缶詰会社と製薬会社の株価が急騰した」という情報は一定の意味を持ったインフォメーションとなります。さらに、日本の戦争指導者というカスタマーにとって「対応準備を取る」という判断・行動に必要となる「米軍の来襲が間もなくある」という情報はインテリジェンスとなります。
 さらに9・11事件が何故起こったのかを調査した『9・11委員会報告書』によれば、「想像力の欠如」が最大の失敗であるとしています3。即ち1993年の世界貿易センター・ビルの爆破テロにより「米国経済中心のシンボルである世界貿易センター・ビルがテロリストの標的にされている」というジグゾー・パズルの断片、「中東からの移民が異常に増加している」という断片、「それらの人達が大量にパイロット養成学校で操縦教育を受けている」といった断片等から、全体像としての9・11のような事件を想像できなかった、という意味でしょう。
 2004年の秋に新潟でアル・カーイダの一派が摘発されましたが、押収物件の中に新幹線の写真が出てきたそうです。また、このエイジェントの一部が横須賀の米軍基地近くで携帯電話の販売をしていた模様です。アル・カーイダ、新幹線、携帯電話、というジグゾー・パズルの断片を集めて何が言えるでしょうか?例えばアル・カーイダ組織の一員が新幹線のゴミ箱の中に爆弾を入れておき、上りと下りの新幹線がすれ違うその時に携帯電話で爆発を指令する、といったことによって何百人、何千人の人を殺すことができる可能性を示唆しています。こうしたことから「転ばぬ先の杖」をついて現在、上越新幹線に乗ってもゴミ箱は封鎖されており、幸いにして新幹線を使ったテロ事件は未だ発生していません。
 今年になって中国製食品による食中毒が問題となっていますが、これも振り返って見ると昨年だけでも、北米で中国製のペット・フードを食べてペットが中毒を起こした事案がありました。これがジグゾー・パズルの一つの断片です。また「中国製の玩具に有毒鉛が検出され、チャイナ・フリー製品を求める人達が多く出た」という断片もアメリカでありました。またパナマでは中国製の風邪薬を使用して100人以上が死亡するという事案が起こりました。北京市でも段ボールと豚肉を混ぜて具にした「偽装肉まん」が一部露店で違法販売されていたことがありました。従って「中国製」と「食中毒」ということを聞いただけで「ヤバイ!」という危機認識センスが働かなければならず、どこかの市の職員のように「その種の検査は通常やらないことになっている」などと嘯いていては情報センスや公僕としての資質が問われることになります。

再度強調したい省庁間協力

 こうしたジグゾー・パズルの断片集めは、過去に遡るだけでなく今日では上記のようにグローバルな視野で観察しておかなければなりませんし、国内で言えば決して一省庁に留まらず、国内の全省庁が協力して情報共有をしていかなければならない時代となっています。
 2月17日の産経新聞に『有事「地下鉄に避難」ー身近な“要塞”消防庁構想ー』という記事が掲載されていました。「大量破壊兵器によるテロの標的となった時、地下鉄の駅構内や地下街を避難所とすることを消防庁が検討している」という内容です。また3月18日の読売新聞にも、警察庁の科学警察研究所が東芝や帯広畜産大「大動物特殊疾病研究センター」と共同で、生物テロが起きた際、散布された生物兵器を特定できる新型の「DNAチップ」を開発したという記事が出ていました。これまでサリンなど化学テロに使用される毒物や薬物の検知器は現在、全国の警察に配備されていますが、生物兵器の場合は現場で散布された物質を実験室などに持ち帰り、試薬一つ一つと照合する方法しかなかったため、特定まで半日近くかかることもあるとされていました。しかし新たに開発されたDNAチップは縦5.3センチ、横3.5センチのカセットに入っており、中に炭疽菌など20種類の細菌やウイルスのDNA情報が記録されていて、採取した物質をチップに入れて電流を流すと菌やウイルスが増殖し、試薬と一致するかどうか1時間程度で判明するそうです。従って、前回の原稿にも書きましたように「問題はテロ等の原因究明に相当な時間が掛かること」でしたが、このDNAチップはその問題を一部解消してくれそうです。こうしたニュースに接すると日本もようやく危機管理体制がやっと整いつつある、という印象を受けます。
 米国では9・11事件直後後に国土安全保障省を設立し、2003年から全米の大都市の空港や地下鉄の駅と言った場所に生物・化学剤センサーを取り付けて24時間体制で監視しています。2007年末までの5年間に、そうしたセンサーに陽性反応が出たのはブルセラ症等33回にのぼりましたが、交通手段を遮断するような大事には至っていません。ハインディッヒの法則からすれば、そろそろ交通手段をシャット・ダウンするような大規模テロが起こっても不思議ではない状況です。米国と雖も「地下鉄サリン事件後10年以上経っているというのに、あのような事案によって生じる被害者達を適切に救済する能力を未だ有していない」との嘆きが2008年3月に米国家戦略研究所から出版された「戦略的挑戦」という本の中に書かれています4。
 日本でもこうしたセンサーを取り付けるとしたら国立感染症研究所と関係のある厚生労働省が行うことになると思いますが、陽性反応が出たあとの交通遮断は国土交通省が担当し、除染に関しては消防庁を配下に収めている総務省や警察(国家公安委員会)が対応することになるのでしょう。大規模になれば化学防護部隊を保有している防衛省もからむことになると思われます。いずれにしても米国における連邦緊急事態管理庁や国土安全保障省のような危機管理に関する横断的官庁を有していない日本においては、各省庁が協力して対応しなければならないことは間違いありません。

1井上忠雄、『「テロ」は日本でも確実に起きる』講談社+α新書、2003年11月、70頁。
2堀 栄三『大本営参謀の情報戦記』(文春文庫、1996年5月)346頁。
3The 9/11 Commission Report, Final Report of the National Commission on Terrorist Attacks Upon the United States, Government Printing Office, August 21, 2004, pp. 339-340.
4Institute for Defense Strategic Studies, Strategic Challenges, Potomac Books Inc., March 2008, p. 98



NO.92 (2008.春号)
巻頭随想 外国人被災者には「やさしい日本語」で情報を伝えるという考え方
1.政府における災害時要援護者対策の取り組みについて
2.市区町村における災害時要援護者の避難支援対策への取組状況調査結果について
3.災害時要援護者の個別避難支援計画づくりをどのように進めるか-2007年3月能登半島地震時の地域・行政の要援護者対応調査をもとにして-
4.災害時要援護者対策は日頃の取り組みから
5.災害時要援護者支援を進めるための、福祉と防災の連携
6.中越沖地震における要援護者支援の対応について
7.能登半島地震から一年 輪島市における要援護者支援の取り組み
8.石狩市における、災害時要援護者の避難支援
第12回防災まちづくり大賞について
連載講座 連載第8回 防災監のための危機管理講座
連載講座 連載第4回 情報と防災
地域防災実戦ノウハウ(55)
火災原因調査シリーズ(48)・ヒーター火災
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