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巻頭随想 思い込みに気をつけよう

    

岩手県立大学総合政策学部
准教授 牛 山 素 行

 2008年8月29日未明、愛知県岡崎市伊賀町で、豪雨により天井近くまで浸水した家屋内で76歳の女性が溺死する災害が発生した。この話を聞いて、「近年の災害時に典型的な遭難形態」と思われたかもしれない。しかし、実際には「高齢者が自宅の浸水や流失で溺死した」というケースはまれで、筆者が情報整理している2004〜2007年の豪雨災害犠牲者239名中、13名にとどまる。「溺死者」自体は全体の半数近く(110名)に上っているが、そのうち47名は水田などの見回りに出かけ、用水路などに転落して死亡した者、いうなれば、自らの意志で危険に近づいたことにより遭難した者である。しかも、このほとんどが高齢者であった。「高齢者をはじめとする災害時要援護者が逃げ遅れて死亡するケースが多発している。情報整備などで早期の避難を支援し、このような被害を軽減しなければならない」といった説明はよく耳にする。無論、これは全く的外れというわけではない。ことに、土砂災害についてみれば、犠牲者81名中52名が65歳以上の高齢者で、そのほとんどが自宅で死亡している。土砂災害を見据えた災害時要援護者の早期避難が実現すれば、被害軽減に効果が期待できる。しかし、先に見たように、洪水に起因する犠牲者については、このような対策で軽減できる被害は限定的である。
 一方、あまり注目されていない形態での遭難者も少なくない。先に挙げた溺死者110名のうち、48名は車や徒歩で移動中に流されて死亡した者である。避難途中と思われる者も含まれるが、多くは避難とは関係ない移動中に遭難している。避難勧告、ハザードマップなど、現在整備が進んでいる各種災害情報は、主に「住民=対象地に居住している人」を対象としており、移動中の人はこのような情報をつかみにくい。いうなれば、移動中は健康状態などに関わりなく、みなが「災害時要援護者」の状態にあるとも言える。このような犠牲者を軽減することは容易ではないが、その数が少なくないことを考慮すると、その対策が重要であることは間違いない。
 災害対策については、このような少し意外な側面が見られることが珍しくない。次に、「避難」について考えてみよう。「災害時には避難する」というのがおそらく「常識」であろう。しかし、本当にそれは「最善の行動」なのだろうか。そもそも、我々はなぜ避難する必要があるのだろうか。
 津波災害の時は、確かに一刻も早く避難する必要がある。そのために、日頃から避難場所や経路、移動の方法などを体で覚えておくことが重要になる。では、その他の災害も同様だろうか。地震災害と避難所は密接な関係がありそうである。しかし、よく考えてみたい。避難所にいる人は、なぜ避難しているのだろうか。地震災害の場合は、自宅で生活を営むことが困難になったため避難しているのであり、身に迫る危険から逃れるために避難している訳ではないと思われる。同じ「避難」でも、津波と地震ではその意味が少し変わってくる。地震の場合は一刻を争って避難する必要性は低いので、避難所までの経路を綿密におぼえておく必要性は低くなる。そもそも、自宅で生活が営めれば、避難する必要性自体が生じない。ただし、地震により大規模な火災が発生する危険性がある地域では少し事情が異なる。このような地域では、火災の影響を受けにくい避難場所やそこへ至る安全な経路を確認しておくことも重要になる。
 豪雨災害の場合は、さらに話を一般化することが難しくなる。洪水や土砂災害の発生が予想される場合、発生前に安全な場所に避難できれば、無論それがベストである。しかし、タイミングによっては避難することがベストとは限らない。先に挙げた2004〜2007年の豪雨災害犠牲者239名の中にも、何らかの避難行動をとっていたと見られる犠牲者が25名いた。その状況を分類すると、(a)避難先が土石流、洪水などに見舞われた、(b)避難目的で移動中に土石流・洪水などに見舞われた、(c)避難場所から離れた、などの形態だった。(a)や(b)の形態は、「避難行動をとったことによってかえって遭難したケース」と考えられる。津波災害の場合は、「避難行動をとったが結果的に間に合わず遭難した」ということはあっても、よほど不適切な行動をとらない限り「避難行動をとったために遭難」という状況は考えにくい。地震災害の場合も、すでに起こった現象への対応なので、「避難行動をとったために遭難」は起こりにくい。一方、豪雨災害は津波と異なり、避難行動を起こすためのトリガーがそれほど明確ではない上に、影響範囲の予想が難しく、事態の進展も津波に比べれば緩慢で、「身に迫る危険から逃れるための最善の行動」が、個々の地域や、発生した現象の規模や種類などによりかなり異なってくる。津波災害のように、全国的に(全世界的にも)通用する「避難行動の常識」を明確にすることができない。
 自然災害は、様々な顔を持っている。どのような顔を見せるかは、現象の種類、規模、場所、時刻など、様々な条件によって変わってくる。あらゆる災害を想定し、備えることは難しい。しかし、特定の(よく知られた)災害事例の教訓にばかり依拠して防災対策を立てることは避けなければならない。災害対策に際して重要なことは、「一般的な話」にもとづく思い込みに注意し、個々の地域に応じた具体的なイメージを持つことではないだろうか。「どこで、どのような災害に、何のために備えるのか」といった、目的を明確にすることが重要である。ただし、「個々の地域に応じた」と言っても、自分の周りの経験にもとづく思いつきに陥ってはならない。幸い現代は、災害に関わる様々な情報の整備が進んでいる。個々の地域において、過去どのような災害があり、今後どのような災害の可能性が予想されるのかを踏まえ、具体的なイメージを構築していくことが重要である。


NO.94 (2008.秋号)
巻頭随想 思い込みに気をつけよう
1.中国四川省における大地震災害に対する国際消防救助隊の活動状況
2.中国四川大地震による建物被害
3.四川大地震の起こり方と震度分布
4.四川大地震からの復興について
5.長岡市による四川大地震に対する支援
6.中国・四川大地震現場からの報告
連載講座 連載第1回 被害者優先、天守は不要 ー松平信綱と保科正之ー
連載講座 連載第6回 情報と防災
地域防災実戦ノウハウ(57)
火災原因調査シリーズ(50)・収れん火災
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