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5.平成20年8月末豪雨から考えること

静岡大学防災総合センター
     准教授 牛 山 素 行 

1.平成20年8月末豪雨及び災害の概要

 2008年8月28日深夜から29日朝にかけて、停滞前線の活動により、愛知県付近、東京都周辺などを中心に豪雨が発生した。気象庁はこの豪雨を「平成20(2008)年8月末豪雨」と命名した。消防庁(2008)によると、この豪雨により、全国で死者・行方不明者3名(うち1名は後日災害と無関係と判定)、住家全壊5棟、半壊1棟、床上浸水1,678棟、床下浸水8,071棟などの被害が生じたほか、名古屋市で半壊1世帯、床上浸水1,149世帯、床下浸水8,060世帯の被害が生じている。この豪雨による国管理河川の破堤は確認されていない。都道府県管理河川では茨城県1箇所、愛知県で2カ所の破堤が確認されているが、これらによる家屋の損壊や大規模の住家の浸水には結びついていない。また、大規模な家屋被害に結びつくような土砂災害の発生は確認されていない。
 8月28日から29日に、全国のAMeDAS観測所(1979年以降で統計期間20年以上)で、1時間降水量の最大を更新した観測所は15カ所、24時間降水量は同2カ所(埼玉県・久喜:227.0弌愛知県・岡崎:302.5)、72時間降水量は同1カ所(愛知県・岡崎:304.5)だった。今回の豪雨イベントでは、短時間の降水量が大きかった観測所は多いが、24時間などの長時間の降水量が多かった観測所はごく限定される。
 今回の豪雨は、その発生場所などから、2000年東海豪雨を連想させる。しかし、今回の豪雨は、その外力(降水量の規模)も、被害の程度も、東海豪雨に匹敵する規模とは言えない。まず東海豪雨時のAMeDAS観測所の最大24時間降水量は557(愛知県・東海)で、今回の岡崎での302.5个茲蠅呂襪に多い(図1)。降水量の多寡は、地域によって全く異なるので一般的には観測値そのもので直接比較はできないが、東海豪雨時の多雨域は今回の豪雨の多雨域に近接し、かつ地形的にも大きな違いがないので、この場合は直接比較しても大きな問題はない。また、多雨域も東海豪雨時よりはるかに狭い。今回はAMeDASで24時間降水量300舒幣紊魎兮したのは岡崎のみだが、東海豪雨時には300舒幣紊留域は愛知県ほぼ全域に広がっていた(図2)。また、東海豪雨による被害は2000年10月2日現在の総務省消防庁資料によると、愛知県を中心に死者10名、住家全壊27棟、半壊77棟、一部損壊208棟、床上浸水27,180棟、床下浸水44,111棟だった。

図1 2008年8月27〜29日の岡崎の降水量(左)と2000年東海豪雨時の愛知県・東海の降水量(右)

図2 2008年8月29日24時(左)および2000年9月12日24時(右)の48時間降水量分布

2.岡崎市内の死者発生現場の状況

 愛知県岡崎市内では2名の人的被害(死者)が発生した。いずれも死因は自宅にいたところ洪水に見舞われて死亡したケースだった。典型的な豪雨災害による遭難形態、というイメージを持たれるかも知れないが、むしろまれなケースである。筆者は2004年以降の日本の豪雨災害による犠牲者の原因分類を行っているが(牛山、2008)、(1)土石流、崖崩れなどの土砂災害に巻き込まれて死亡するもの、(2)洪水そのものによって流されるなどして死亡するもの、(3)水田の様子を見に行き用水路に落ちるなど、自ら危険に近づいたことによって死亡するもの、3種類で大半を占め、それぞれ全犠牲者の1/4から1/3程度となっている。このうち、洪水による犠牲者の8割は車や徒歩で屋外を移動中に遭難している。今回の岡崎市の犠牲者のような、自宅が流されたり浸水したりして死亡するケースは、洪水による犠牲者の約2割、豪雨災害による犠牲者全体の5%程度(239名中15名)である。
 写真1は、岡崎市城北町の犠牲者発生現場付近である。中央の家屋の住民1名が、就寝中に洪水に流されて死亡したものとみられている。現場は伊賀川沿いにあるが、この付近の同川は人工河川で、掘り割り構造となっている。この家屋は河道内の高水敷に建てられ、2階が道路に面した玄関となっている。右写真は、被害家屋が撤去された後だが、周囲に比べ、川が一段低いところを流れていることがわかる。
 伊賀川は、江戸末期には現在より西側を流れていたが(図3)、たびたび氾濫し、伊賀川、矢作川、乙川の合流部付近が洪水被害に見舞われてきた。このため、大正初期に流路変更が行われ(渋谷、2005)、台地上の開削や段丘崖沿いへの片堤防構築により、以前より東側で乙川に合流させるようになった。この際開削された区間に、犠牲者を生じた家屋とほぼ同様な構造の高水敷に建つ家屋を多数確認することができる。2008年8月31日付中日新聞によると、「河川敷の民家は、大正時代に伊賀川の河川改修をした人が住んだのが始まりとされる」とのことである。

写真1 岡崎市城北町の人的被害現場(左:2008年9月1日、右:2009年1月20日)

図3 伊賀川付近略図

 写真2は同市伊賀町の犠牲者発生現場付近である。写真中央の平屋建て家屋で、屋内への浸水により逃げられず、溺死したものと見られている。この現場は、前述の伊賀川の流路変更時に両岸への築堤が行われた結果、段丘崖と堤防で囲まれた窪地状の地形となったところである。大正9年修正の1:50,000地形図「岡崎」でみると、堤防構築直後のこの付近に建物は確認できないが、1977年の航空写真では建物が目立っており、現在では田畑や空き地はほとんど見られず、住宅密集地となっている。

写真2 岡崎市伊賀町の人的被害現場

3.防災情報としての素因の重要性

 自然災害は、素因と誘因の組み合わせで発生する。素因とは、その場所の地形、気候、人口などの、災害に関わる自然・社会条件のことである。自然災害に対する脆弱性というとらえかたもできる。誘因は、豪雨、地震、津波など、災害をもたらす激しい自然外力のことである。素因、誘因それぞれ単独では災害とはならない。たとえば、極端に激しい豪雨が発生しても、その降雨が流下する下流側に家屋や構造物がなければ被害は生じず、災害にはならない。また、素因あるいは脆弱性には強弱の程度があり、多くの(強い)素因があるところほど、被害も生じやすいことになる。
 今回の岡崎市の犠牲者発生現場にも「豪雨災害に関係する素因」が存在した。城北町の現場の場合は「住家が河道内に存在していた」であり、伊賀町の場合は、「窪地状の地形内に住家が存在した」が素因といえる。これらの素因は極めて特別なものとは思えない。様々な理由から、全国各地には多数の災害素因が存在し、それらをすべて解消させることはほぼ不可能である。
 今回の事例において、豪雨という外力が比較的激しかったことは確かである。しかし、激しい外力が生じれば、その付近で無差別に被害が生じるわけではない。そこに何らかの素因が存在してはじめて災害が発生する。災害が起こるとたいてい「ここでこんなことが起こるとは思わなかった」という話がでるが、自然災害科学の視点から見れば、起こるはずがない災害が起こった、といったことはほとんどない。何らかの素因があり、そこに誘因が作用して災害が発生したというプロセスが、多くの場合事後的には理解できる。ただし、起こった災害の発生時期や規模を、災害発生前に予見することは簡単ではない。これは、誘因となる外力の事前予測が難しいことに主に起因する。しかし、素因についてであれば、誘因に比べれば予見の可能性が高く、かつその情報整備も進んでいる。ハザードマップはその代表例であり、他にも、地形分類図、気候統計、各種の被害想定など、様々な資料が存在している。それぞれの地域の素因を知ることは、一昔前に比べると飛躍的に容易になっている。無論、これらの情報も完ぺきではない。現に、今回の岡崎市の現場の場合、矢作川・乙川の洪水を想定したハザードマップは作成されていたが、そこからは、今回の被害現場の脆弱性を読みとることはできなかった。これはこのハザードマップが誤っていたとか、欠陥があったということではない。ハザードマップは何らかの前提・想定の元に作成されるものであるから、そのハザードマップが想定していない現象を表現できないのは当然のことである。

4.おわりに

 災害はひとたび発生すると、我々に強い印象を与える。そのためか、あたかも予想がつかず、かつ全く経験もしたことがない現象が発生しているかのようなとらえ方がなされることが目につくように思われる。しかし、本稿で指摘したように、誘因となる外力の直前予測は難しいとしても、「ここではこのようなことが起こりうる」という素因を理解することは十分可能である。素因を理解できれば、その地域における対応策は、より具体的なものになることが期待される。我々は、為すすべもない災害に直面しつつあるわけでは決してない。整備されつつある災害情報を最大限に活用することが、ますます重要になってくるだろう。

参考文献
渋谷 環:碑は語る 岡崎平野の治水と農業、2005。
消防庁:平成20年8月末豪雨による被害状況(第11報)2008年9月11日現在、 http://www.fdma.go.jp/detail/845.html、2008。
牛山素行:2004〜2007年の豪雨災害による人的被害の原因分析、河川技術論文集、Vol. 14、pp. 175-180、2008。



NO.96 (2009.春号)
巻頭随想 地方財政の逼迫とこれからの「協助」
1.平成20年の風水害と今後の課題
2.平成20年の局地的な大雨や集中豪雨による被害の軽減への対応について
3.平成20年風水害の避難対応にみるわが国の防災の課題
4.平成20年大雨の特徴
5.平成20年8月末豪雨から考えること
6.平成20年8月末豪雨災害における災害時要援護者の課題
ウツタイン様式に基づく院外心肺機能停止症例の搬送記録における欠損データの分析及び対処方法について
消防防災GISにおける雨量情報の活用について
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