お問いわ合せ
サイト内検索
季刊 消防防災の科学
地域防災データ総覧
大規模地震対応の各種マニュアルの販売
HOME
消防防災GIS
災害写真データベース
e-ラーニング
一般財団法人消防防災科学センター
HOME > 防災関係資料
2.新型インフルエンザとは何か

      
東京大学医科学研究所
特任助教 岩 附 研 子
教   授 河 岡 義 裕

1.はじめに

 2009年3月に発生した豚由来の新型インフルエンザウイルス(Pandemic H1N1 2009)は、瞬く間に世界各地に拡がり、21世紀初のパンデミックを引き起こした。
 インフルエンザは、一般的な「風邪」とは異なり、数十年に一回の周期で、ヒトには全く免疫のない「新型インフルエンザウイルス」が出現する。ただでさえ、伝播力が高いインフルエンザウイルスだが、新型の場合は、我々人類のほとんどが感染したことがないため、免疫がなく、その伝播力は季節性インフルエンザを上回る。今回の新型インフルエンザウイルスも同様である。
 毎年流行を繰り返す季節性インフルエンザは、以前にそれに似た型のウイルスに感染していれば、弱いといえども免疫が働くので、ウイルスに暴露しても発症しなかったり、発症しても比較的軽い症状で済む場合が多い。しかし、新型インフルエンザウイルスは、人類が初めて出会う全く新しい抗原タンパク質を持つため、感染しやすいうえに、病原性も季節性インフルエンザと異なる可能性がある。そのため、若くて壮健な人であっても、新型インフルエンザウイルスに暴露すると、かなりの確率で発症する。

■新型ウイルス誕生のメカニズム

 A型ウイルスの表面には2種類の糖蛋白質、赤血球凝集素(hemagglutinin; HA)とノイラミニダーゼ(neuraminidase; NA)があり(図1)、HAは感染防御抗原として重要な役割を果たしている。HAは16種(H1-H16)、NAは9種(N1-N9)の抗原亜型があり、この組み合わせにより、H1N1亜型、N3N2亜型というように分類される1)。1977年以降、季節性インフルエンザウイルスとして毎年流行を繰り返しているのがA型インフルエンザウイルスのH1N1亜型(ソ連型)とH3N2亜型(香港型)とB型インフルエンザウイルスの3種類である。

図1 A型インフルエンザウイルスの模式図。A型インフルエンザウイルス粒子は、9種類の構造タンパク質と8種類のRNA分節で構成される。

 私たちがウイルスに感染すると、体内に抗体ができるので、次に同じウイルスが入ってきたときに、免疫が働き感染を抑えてくれる。ところが、インフルエンザウイルスは、毎年のように少しずつ変異を重ねているため「以前と少しだけ形が違う」ウイルスが入ってくると、すでに存在する抗体では十分に対処できず、感染・発症してしまう。私たちが、毎年のようにインフルエンザに罹るのも、毎年ワクチンを打たなければならないのも、この変異のためである。しかし、この毎年の変異は大きなものではないので、パンデミックを起こすほどには至らない。
 ところが、一人の人間(あるいは動物)が、複数の亜型のインフルエンザウイルスに同時に感染すると、その細胞内で異なる亜型のRNA分節が混ざってしまう(図2)。ここで「遺伝子再集合」が起こり、全く新しい性質をもった新型ウイルスが誕生する。新型ウイルスが現れると、そのウイルスに対して免疫を持っていないため、多くのヒトが感染する。A型ウイルスの伝播力は非常に強く、瞬く間に世界中に拡がり、パンデミックに発展する。パンデミックを経験したヒトたちは新型ウイルスに対する免疫を獲得し、その後抗原性の少し変化したウイルスに感染しても、症状が重くならない。また、ヒトの間で感染を繰り返していくうちにウイルスの病原性は低くなると考えられている。そのためパンデミック以降、致死率が減少し、季節性のウイルスへとなっていくのである。

図2 遺伝子再集合。一つの細胞に、異なるインフルエンザウイルスが同時に感染することにより、従来とは全く異なる組み合わせのRNA分節を持つウイルスが誕生する。

■現在の季節性ウイルス=過去のパンデミックウイルス

 現在の季節性インフルエンザウイルスも、誕生した時は新型ウイルスであり、パンデミックを引き起こした。パンデミックが起きると多くのヒトが感染し、死亡する。20世紀に、人類は3回のパンデミックを経験した。1918年のスペインかぜ(H1N1)では、世界中で2,000万ー4,000万人以上の死者が出た。1957年のアジアかぜ(H2N2)および1968年の香港かぜ(H3N2)でも合わせて150万ー450万人が死亡した。
 アジアかぜと香港かぜウイルスは、遺伝子解析によりヒトと鳥のハイブリッドウイルスであることがわかった。アジア風邪ウイルスは、ヒトのH1N1ウイルスと鳥のH2N2ウイルスが遺伝子交雑したもの、香港型ウイルスは、アジア型ウイルスとH3鳥ウイルスが遺伝子交雑したものである。これらのハイブリッドウイルスが出来るためには、ひとつの細胞に同時に2種類のウイルスが感染しなければならない。豚の上部気道細胞には、ヒトと鳥の両方のウイルスに対するレセプターがあること2)、さらに鳥のウイルスが、豚で増殖を繰り返す内にヒトに感染しやすくなるように変異することを私たちは明らかにした3)。また、豚はヒトのウイルスにも鳥のウイルスにも感染することから、上述のアジアかぜと香港かぜウイルスが豚で誕生したという説が提唱されているが、それを直接証明する証拠は未だ見つかっていない。一方、現存しないスペイン風邪ウイルスであるが、最近明らかにされた全遺伝子配列からは、鳥のウイルスが遺伝子交雑を起こすことなく自身の変異により、パンデミックを引き起こすように変化したと推測されている。したがって、すべてのパンデミックウイルスの出現には、鳥のウイルスが関与している。

■2009年の新型ウイルス

 2009年の新型ウイルスは、鳥・ヒト・豚由来のインフルエンザウイルスの遺伝子再集合により誕生したハイブリッドウイルスである。この新型ウイルスは、発生当初、豚インフルエンザと呼ばれた。確かにヒトに感染する前は、豚で流行していたウイルスであるため、豚インフルエンザウイルスといっても間違いではないが、遺伝的バックグラウンドは非常に複雑であり、その起源をたどれば、鳥インフルエンザウイルスでもあり、ヒトインフルエンザウイルスともいえる。今回の新型ウイルスは、豚・鳥・ヒトと異なる宿主に感染していた「ハイブリッドウイルス」である。
 これまで、パンデミックは新たな亜型の出現により起こっていた。ところが、2009年の新型インフルエンザウイルスはH1N1亜型である。1977年以来、毎年のように流行している季節性のA型インフルエンザウイルスは、H1N1亜型(ソ連型)もしくはH3N2亜型(香港型)であるため、ほとんどのヒトがH1N1亜型ウイルスに感染したことがあり、免疫を持っている。ある意味、ありふれた亜型のウイルスにもかかわらず、パンデミックを起こしたのはなぜだろうか?
 実は、同じH1N1亜型であっても、今回の新型インフルエンザウイルスは、H1N1亜型の季節性インフルエンザウイルス(ソ連型)とは抗原性が異なる。季節性インフルエンザウイルスは、毎年連続変異を繰り返しているため、抗原性は変化しているものの、小規模の変異であるため、以前に感染したウイルスに対する免疫がある程度有効である。これに対して、今回の豚由来インフルエンザウイルスは、同じH1N1亜型とはいえ、1918年のスペインかぜ流行時のウイルスが豚で受け継がれたウイルスのHAを持っているため、季節性のソ連型H1N1亜型ウイルスとは抗原性がかなり異なり、季節性ウイルスに対する免疫が役に立たない。そのため、季節性のH1N1亜型ウイルスに対する免疫がある人であっても、新型ウイルスに暴露すれば、かなりの確率で感染・発症してしまうのである。
 私たちは、電子顕微鏡による形態解析(図3)や、動物実験による病原性解析などを行い、このウイルスの性状や病原性を明らかにした4)。マウスに季節性インフルエンザウイルスを感染させても、体重は増加傾向にあったが、新型インフルエンザウイルスを感染させたマウスでは、体重は減少し、100万個感染させた場合には、死亡してしまったのである(図4)。

図3 新型インフルエンザウイルスに感染した細胞の写真(撮影:野田岳志)

図4 1万から100万個の新型インフルエンザウイルスに感染したときと、季節性インフルエンザウイルスに感染したときのマウスの体重の変化。

 また、カニクイザルを1グループ3頭ずつに分けて、それぞれ新型インフルエンザウイルスと、季節性インフルエンザウイルスに感染させて3日目の臓器別のウイルス量を調べた(図5)。その結果、いずれの部位でも、新型ウイルスのほうがよく増殖していることが明らかになった。特に、季節性インフルエンザウイルスは右肺でしか増えなかったのに対し、新型ウイルスは肺のあらゆる部位でウイルスが大量に増殖していた。実験に用いたカニクイザルを病理解剖して調べたところ、季節性インフルエンザウイルスとは異なり、新型インフルエンザウイルスを感染させたサルでは、肺に激しい炎症が起きていることがわかった。これまでに報告された新型インフルエンザの死亡例では、肺でウイルスが増殖し、これが命取りになったケースが多い。通常の季節性インフルエンザウイルスであれば、ウイルス性肺炎になることは滅多になく、むしろ細菌などによる二次感染が原因で重篤な症状に陥ることが多い。このように、2009年の新型インフルエンザウイルスは、毎年流行を繰り返している季節性インフルエンザウイルスとは明らかに異なる性質を持っている。

図5 新型インフルエンザウイルスと、季節性インフルエンザウイルスの臓器別のウイルス量(感染3日目)。季節性インフルエンザウイルスは、上部気道と肺の一部でしか増殖していないのに対して、新型インフルエンザウイルスは、上部気道と肺のすべての部位で増殖しており、その量も多い。実験では各グループ3頭ずつ感染させた。個々の棒グラフの値はそれぞれのサルの値である。

■その他のインフルエンザウイルス

 今回の新型インフルエンザの拡大で、以前に比べると鳥インフルエンザがあまり注目されなくなっている。しかし、高病原性鳥インフルエンザウイルスがいなくなったわけではなく、まだまだ警戒が必要である。H5N1ウイルスの病原性は強く、2003年から2009年12月24日までの間に、447人が感染し、そのうち263人が死亡しており、致死率は58.8%にのぼる。この数値は血清学的あるいはウイルス学的手法で確定診断された者のみであるので、実際の感染者数が遥かに多いことは確実である。今のところ、ヒトからヒトへの感染は限られているが、いつどのようにウイルスが変異するかは予測できない。
 この他にも、H9N2、H7N7、H5N2、H7N2、H7N3、H10N7などの亜型のウイルスが鶏などの家禽からヒトに感染したことが確認されている。これらのウイルスにも注意を払う必要がある。

■おわりに

 新型インフルエンザウイルスによるパンデミックは、これが最後ではない。今後、新たな亜型のウイルス(H5N1など)によるパンデミック発生の可能性も危惧されている。より強い病原性のインフルエンザウイルスによるパンデミックが発生した際にも、今回の新型インフルエンザで得られた経験を生かし、早期に対策をとることが重要である。

1)Wright PF, Neumann G, Kawaoka Y: Orthomyxoviruses. in Fields Virology, 5th edition (Knipe DM, Howley PM et al. eds), 1691-1740, Lippincott Williams & Wilkins, Philadelphia, 2007.
2)Ito T, Couceiro JNSS, Kelm S, Baum LG, Krauss S, Castrucci MR, Donatelli I, Kida H, Paulson JC, Webster RG, Kawaoka Y: Molecular basis for the generation in pigs of influenza A viruses with pandemic potential. J Virol, 72, 7367-7373, 1998.
3)Matorosovich M, Tuzikov A, Bovin N, Gambaryan A, Klimov A, Castrucci MR, Donatelli I, Kawaoka Y: Early Alterations of the receptor-binding properties of H1, H2, and H3 avian influenza virus hemagglitinins after their introduction into mammals. J Virol, 74, 8502-8512, 2000.
4)Itoh Y, Shinya K, Kiso M, Watanabe T, et al. In vitro and in vivo characterization of new swine-origin H1N1 influenza viruses. Nature 460: 1021-1025, 2009.



NO.99 (2010.冬号)
巻頭随想 死をめぐって・・・病院外心停止と救急のニーズ
1.新型インフルエンザ(パンデミックH1N1 2009)の現状
2.新型インフルエンザとは何か
3.消防機関における新型インフルエンザ対策
4.報道の立場から見た新型(豚)インフルエンザ騒動
5.茨城県における新型インフルエンザへの対応
6.新型インフルエンザに対する救急活動の取り組み
7.新型インフルエンザに対する京都府の取り組み
8.神戸市における新型インフルエンザの対策ーこれまでの対応を振り返った今後の対策ー
防犯まちづくりから消防への示唆
火災・事故防止に資する防災情報データベースについて
連載講座 連載第6回 つらい仕事もチームで楽しくー木下藤吉郎ー
地域防災実戦ノウハウ(62)
火災原因調査シリーズ(55)・倉庫火災
ホームへ戻るこのページの上へ
Copyright © INSTITUTE OF SCIENTIFIC APPROACHES FOR FIRE & DISASTER All Rights Reserved.