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4.報道の立場から見た新型(豚)インフルエンザ騒動

防災リスクマネジメントWeb編集長
中 川 和 之

1)相手は何ものか、いったい何が起きているのか=なかった2つめのシナリオ

 自治体や企業の防災・危機管理セクションの実務家に向けたメディア「防災リスクマネジメントWeb」(防災Web)で、どのように今回の新型(豚)インフルエンザ騒動を伝えたかを振り返りながら、報道の果たした役割を考えてみる。
 危機対応をするときに、何が起きているのかの見極めは決定的に重要だ。WHOが世界に対して「公衆衛生上の緊急事態」として、警戒レベルの「フェーズ」を引き上げるという初めての事態は一体何なのか。伝えるという立場で最初に考えたのは、まず日本中が被災地だと考えたことだ。地震や台風などの自然災害なら、災害を引き起こした現象があり被災地が限られているので、被災地以外の自治体や政府は支援をする側になる。防災Webでは、災害発生時には、一般の報道では十分伝わらない被災地の状況を伝えたり、対策情報の詳細を伝えたりしながら、情報のすき間を埋める作業をしてきたつもりだ。
 だが、感染症の場合は、政府もすべての自治体も当事者であり「被災地」であった。すぐに気がついたのは、自然災害とのアナロジーで言えば、火山噴火と似ていることだった。地下からのマグマの上昇によって引き起こされる火山性微動や山体膨張などの予兆があり、噴火が始まった後もすぐにはその推移が分からない。いつまで災害が続くのかが分からないまま、治まるのを待つしかないという事態が続く。今回は、いわば、日本中が火山噴火の被災地にあったようなものだと考えた。
 すべての自治体が被災地となるような事態に対する対応は、政府が重要な役割を果たすのは当然である。ただ、現場は日本中である。そこを双方向につなぐことを役割と考え、情報のすき間を埋める作業をしていった。
 最初にやると決めたことは、厚生労働省の毎日の記者会見を詳報することだった。WHOがフェーズ4に引き上げた4月28日から1カ月余りの詳報をまとめ、契約読者だけでなく、公開サイト(http://bousai.jiji.com/info/swine_flu.html)で広く伝えた。これは、自然災害時に政府の関係省庁連絡会議や現地の災害対策会議の詳報を伝えるのと同じ考えだった。報道で分からないニュアンスを伝えるために、54回の会見詳報を提供した。
 また、私も研究協力者に加わっていた厚生労働科学研究「健康危機管理におけるクライシスコミュニケーションのあり方」(研究代表者・吉川肇子慶応大学准教授)の成果物である「健康危機管理におけるクライシスコミュニケーションマニュアル」やクイックガイドが、ちょうどできあがったため、それも上記のサイトに載せた。この研究班で一緒だった押谷仁東北大学教授にも、時期に応じて必要なメッセージを発信する場として上記のサイトを活用した。分かりやすいこのガイドを見ながら、一連の騒動を振り返ると、クライシスコミュニケーションという観点では、残念ながら間違ったことが多く行われたと言わざるを得ないのだが。
 何より大きなポイントは、政府の新型インフルエンザ対策行動計画が、H5N1を想定したものだったことだ。手持ちの計画が、今回の事態には相応しくない内容だと分かっていた人は少なくなかったと思うが、例えば病原性が高いか低いかで行動計画を柔軟に見直していくような備えがなかったため、H5レベルのガチガチの対策実施の指示が、計画に沿って各方面で出されてしまった。相次ぐ修学旅行中止の過剰反応などがいい例であろう。弱毒性が故に、「柔軟かつ弾力的に」(4月30日舛添要一厚労相)という言葉は、当初から繰り返されていたが、具体的でないために対策の過剰反応が続いていったように思う。
 首都直下地震に対して、政府は最悪の東京湾北部地震マグニチュード7.3の想定シナリオを前提に対策を構築しているが、東京都はM6.9という地震の規模は4分の1だが事態としてはもっとあり得そうなシナリオも用意している。最悪のシナリオの備えは必要だが、そうでないことをどう見極めるか、どういう対策が適切なのかを考えておくことの重要性を改めて感じた。

2)何を伝えていけばよいのか、何がニュースなのか=初めて故の大混乱

 まず、最初に伝えねばならないのは、何が起きたのかであり、騒動を引き起こしたウイルスの性質、感染力の強さや毒性だった。初期には、メキシコからは多くの死者が伝えられたが、その性質が十分は分かっていなかった。WHOがフェーズを引き上げる初の事態に、「初めて」が大好きなマスコミとしては、どうしたって大騒ぎになる。感染したら多くの死者が出るようなおどろおどろしい新型インフルの映画や番組が作られていた中で、例えば大地震が起きたような紙面作り、ニュース構成になるのではないかと恐れたが、個人的な印象では比較的淡々とした紙面作りにとどまった。
 そこで大きな役割を果たしたのが、国立感染症研究所感染症情報センターの岡部信彦センター長が呼びかけて数年前から行われていたマスコミの科学記者との定例勉強会だった。初期段階で、あいまいで分かりにくい言葉の中から、勉強会で言葉づかいを知っていた専門家の話を聞き、ニュースの価値判断が行われた。分からないことに対しては、マスコミの常としては悪い方を考えて報道する。だが、警戒していたH5N1の鳥インフルエンザとは「けた違いにマイルド」(4月28日、田代眞人国立感染症研究所インフルエンザ研究センター長)など、あいまいな表現ながら、トーンを抑えた方がいいというニュアンスを理解した。「マイルド」の意味、タミフルが効く意味が、顔の見える関係になっていた専門家から伝えられ、初動期の過剰報道を防いだ。事態の発生後も、5月以降は週に何度もこの勉強会が開催され、当初はオフレコ原則だったのが、時に記者会見のようになり、防災Webでも何度か紹介することができた。
 これらのニュアンスを日本中で共有することが重要だった。そのためには、政府や自治体の担当者と取材記者たちに、そのレベルの知識が必要だった。全国的には落ち着いた状況になってきている段階でも、「○○県では初めて」というような報道が、感染症の知識のない記者によって伝えられていった。
 マスコミが伝えるニュースは、絵になる、字になるファクトを伝える。実体験から、ニュース性を決める要素は「珍しさ」「新鮮さ」「身近さ」の3つだと考えている。今回は、比較的落ち着いた報道からスタートしたとはいえ、行動計画に沿って打ち出される政府の対策は、一つ一つが珍しく、新鮮であり、かつ身近であった。成田空港などでの検疫の様子は、なぜそこまでの防護服が必要なのかが伝えられないまま、おどろおどろしさだけが伝わった。全身を覆わねばならない防護服で対応しなければならない患者だという印象を与えた写真や映像は、国内初の患者が発生した神戸の高校などで、生徒へのいわれのない差別にもつながった。それらは、報道が引き起こしたとも言えるが、珍しい対象があれば必ず報道されるわけで、それを前提に対策を考えねばならないのだが、対応はあまりに無神経だった。
 厚労省から繰り返し伝えられた言葉が「正しい情報に基づいた冷静な対応を」という言葉だった。何が正しい情報なのか、どういう行動が冷静な対応なのか、十分に分からない段階から、このような言葉だけが出され続け、混乱を拡大させた。緊急時には、記者会見資料などはWebサイトでも即時に公表するのがあたりまえだが、厚労省のサイトにはWHOがフェーズ4に切り替えた4月28日の深夜になっても「必要な万全の措置を講じる」という大臣コメントが載っているだけで、具体的な情報は2日前の事務連絡が載せてあるだけだった。

3)誰に伝えていけば良かったのか=通知行政でできないこと

 あきれかえったのは、毎日行われる厚労省の記者会見のスタンスだった。ずらっと並ぶテレビ局のカメラは、マイクロ波で自局まで生でつなぎっぱなしにされ、新聞記者たちも持ち込んだパソコンで、その場からメモをメール送信するというものすごいメディア発進力を持った場であったにもかかわらず、その場を有効に生かして国民に情報を積極的に提供しようという意識がみられなかったことだ。
 初期には、配付資料も何もないままで、次いでWHOのホームページで伝えられる各国の患者数や、検疫体制の数字をまとめた資料が出されるようになったが、基本的には聞かれることに答えるだけという会見だった。記者側から、「国民へのメッセージを」と促されて初めてコメントする始末だった。対策の中心になるのは、都道府県や市町村、医師らであったが、彼らに対するメッセージも不十分だった。マスコミを通じての情報は限定的で、当初はホームページからも情報は得られなかった。
 自治体に対して、さまざまな通知を出し始めてからも、定例会見で特に説明がないまま、聞かれれば答えるという姿勢が続いた。気付いたら、ホームページ上で通知が公開されていた。大臣の得意言葉「冷静な対応をお願いします」、「正確な(正しい)情報に基づいて」、「的確な対応を」と言われても、何が的確な対応なのか分からないままでは、不安が増大するだけだった。マスコミに頼らないのであれば、自治体に対して直接説明したり、状況を把握したりする場を設ける必要があったが、Q&Aを作って通知してホームページで公開する段階が続いた。
 対策は「柔軟に」「弾力的に」というメッセージは発信されていたものの、具体的な方向が見えなかった。政府全体の意志決定がどこでなされているかも分からなかった。自然災害時に、災害対策本部会議がなぜ必要なのかと言えば、通常の意志決定ルートでは対応が間に合わないために、関係する意志決定権者が一堂に会して即決できるからである。毎日のように事態は変化していき、意志決定すべき事項があったはずなのにもかかわらず、政府全体で事務レベルの会議も開かれることがまれなまま、マスコミは現象面だけを報道し、過剰反応による「被害」が拡大していった。高校生たちへの人権侵害は、メッセージを出すべき立場から、必要な情報が発信されなかったためだ。
 その中で、この特集で神戸市から伝えられている「神戸モデル」を作ることができたのは、政府から明確なメッセージが伝えられない中で、米疾病対策センター(CDC)の情報や防災Webの会見詳報、神戸市勤務経験がある厚労省担当課長とのホットライン、阪神大震災の危機管理を最前線で対応してきた担当局長の判断などがあったからだ。
 また、朝日新聞大阪版で連載された「よく効く知識」は、記事の面積は小さいが、住民がどのような点に気をつけて生活すればよいのか、具体的なアドバイスが多く、情報量が多い記事であった。神戸で国内第1号が伝えられた直後、「住民に対する安心情報を」という編集方針に沿って作られた記事だった。神戸市も朝日新聞も、阪神大震災の経験から出た発想だった。
 自然災害では、阪神大震災や有珠山噴火など、過去の災害経験を生かし、被災自治体の庁舎内に政府の災害対策連絡室が直ちに設置され、通知やマスコミ報道などに頼らずに、経験のない自治体を現場で直接支える仕組みが確立してきた。残念ながら、健康危機管理対策には、自然災害レベルの危機管理対応の発想がまだないのが実態だ。
 備えの仕組みがない中で、責任者の意志決定と行動が重要である。騒動の初期に当時の舛添厚労相が「私の口から直接説明する」として、テレビカメラの前に立ち続けたことの意味は否定はされない。しかし、どこまでが政治家の出る幕だったのかも考えておかねばならない。5月1日未明、横浜市から報告があった疑い例について舛添厚労相が記者会見をした際に、「横浜市と連絡が取れない」と言って、同市の危機管理の姿勢を問題視したが、それは大臣が「クロ」と思って横浜市と調整しないまま自らの会見を指示し、会見実施がマスコミに伝わって、厚労相と横浜市の窓口の電話が問い合わせで一斉にふさがったことが原因だった。政治家トップの動きは事務方には止めにくいため、余計な力が各所に働いてしまうのだ。
 大騒ぎ報道はしたものの、国民皆保険の医療体制によって季節性インフルエンザと変わらない程度の結果で治まり、季節性のインフルエンザでも毎年万単位の人が亡くなっていることも少しは知られるようになった。手洗いと咳エチケットが少しだけでも定着したことは、考えられる最善の結果かも知れない。また、医療体制が整備されていない海外で死者が出ることの意味や、日本として国際社会に対する責任もあることを考えるきっかけになる情報も、マスコミ報道が伝えたと言える。
 ただ、政府からは、通知行政の手法に変わる情報共有と連携した対策の仕組みは打ち出されているように見えない。次のパンデミックの波までに、分からない段階でどういう情報を共有して対策を打ち出していくかの仕組みを作っておかねばならないだろう。

横浜市で新型インフルエンザ感染が疑われる患者がいることについて緊急記者会見する舛添要一厚生労働相(右)(5月1日未明、東京・霞が関の厚生労働省・時事通信社)



NO.99 (2010.冬号)
巻頭随想 死をめぐって・・・病院外心停止と救急のニーズ
1.新型インフルエンザ(パンデミックH1N1 2009)の現状
2.新型インフルエンザとは何か
3.消防機関における新型インフルエンザ対策
4.報道の立場から見た新型(豚)インフルエンザ騒動
5.茨城県における新型インフルエンザへの対応
6.新型インフルエンザに対する救急活動の取り組み
7.新型インフルエンザに対する京都府の取り組み
8.神戸市における新型インフルエンザの対策ーこれまでの対応を振り返った今後の対策ー
防犯まちづくりから消防への示唆
火災・事故防止に資する防災情報データベースについて
連載講座 連載第6回 つらい仕事もチームで楽しくー木下藤吉郎ー
地域防災実戦ノウハウ(62)
火災原因調査シリーズ(55)・倉庫火災
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